1400年の歴史をもち、日本全国に約500社ある厳島神社の総本社である。
式内社(名神大)・安芸国一宮で、旧社格は官幣中社(現 別表神社)。
祀られているのは宗像三女神。
宗像三女神とは?
アマテラスとスサノオの誓約において、アマテラスがスサノオの十拳剣を譲り受けて生んだとされており、スサノオの物実(ものざね)から化生したのでスサノオの子とされている神様です。
・タキリビメまたはタギリヒメとも(古事記では多紀理毘売命、日本書紀では田心姫(タゴリヒメ)・田霧姫)
・イチキシマヒメまたはイツキシマヒメとも(古事記では市寸島比売命、日本書紀では市杵嶋姫命)
・タギツヒメまたはタキツヒメとも(古事記では多岐都比売命、日本書紀では湍津姫)
各文献によって生まれた順番の表記が違います。
イチキシマヒメは神仏習合時代に弁才天と習合しており、当社は江ノ島・竹生島とともに日本三弁天の一つとされています。
厳島神社の社殿群は、自然を崇拝して山などを御神体として祀り、遥拝所をその麓に設置した日本における社殿建築の発展の一般的な形式のひとつです。
背後に山をひかえ、全面が海に面するという、周囲の環境と一体となった建造物群の景観は、その後の日本人の美意識の一基準となった作品と言えます。
厳島神社が現在のような姿をもったのは12世紀頃時の権力者である平清盛の造営によって現在みられる壮麗な社殿群の基本が形成されました。
この社殿群の構成は、平安時代の寝殿造の様式を取り入れた優れた建築景観をなし、海上に立地し、背景の山容と一体となった景観は他に比類がなく、平清盛の卓越した発想によるものであり、彼の業績を示す平安時代の代表的な資産のひとつでもあります。
厳島神社のある厳島(宮島)が俗に「安芸の宮島」と呼ばれ、日本三景の一つとされているのも納得です。
これら建造物のうち、13世紀に建造された本社幣殿、拝殿、祓所、摂社客神社の本殿、幣殿、拝殿、祓殿は、各々が造営当時の様式をよく残し、日本に現存する社殿建築の中でも鎌倉時代に建築された数少ない建造物となっています。
このように厳島神社の社殿群は平安時代から鎌倉時代にかけての様式を現在まで継承し、自然崇拝から発展した周囲の景観と一体をなす古い形態の社殿群を知る上で重要な見本でもあります。